SmartHRが掲げる2030年に向けた事業戦略を実現するうえで、HR SaaSの枠を越えた領域への進展は欠かせません。その実現に向けて今後、“働く”を支える多様なサービスを持つ企業との協業やM&Aをこれまで以上に積極的に進めていく方針です。
2025年4月にはその第一歩として、業務委託管理クラウド「Lansmart」を提供するCloudBrainsがグループにジョインし、この冬で半期を迎えました。
この記事では、CloudBrains代表の眞壁雅彦さんとSmartHRコーポレート戦略本部本部長の長谷山京佑さんが、M&Aの意思決定の背景やジョイン後の実際の変化や具体的な実績、そして今後の展望についてお話しします。SmartHRがM&Aにどんな姿勢で向き合っているのか。その等身大のプロセスをお伝えできる対談となりました。

眞壁雅彦さん(写真右):大学卒業後、オプト(現デジタルホールディングス)に入社。モバイル広告本部長として年商40億円40名組織を統括。事業開発・投資部門を経て、2015年1月にGameWith入社。同年4月取締役COO就任。同社の人事担当役員時代、業務委託管理の煩雑さに非常に苦労した原体験から業務委託管理クラウド「Lansmart」のコンセプトを構想し、2019年に株式会社CloudBrainsを創業。2025年5月にSmartHRへ100%子会社としてグループイン。
長谷山京佑さん(写真左):大学院卒業後、コンサルティング・ファーム/FASにて10年程、戦略策定、事業再生、M&Aアドバイザリー等に従事。2021年、株式会社リチカに入社し2022年よりCFOに就任。資金調達、新規事業立ち上げなどを管掌し、2024年10月にSmartHRに入社。コーポレート戦略本部長として、M&A、戦略的パートナーシップ、中長期戦略の策定などを管掌。2026年1月よりコーポレート戦略統括本部長(VP of Corporate Development)に就任予定。M&Aの背景—多様な「働く人」の業務を支援するサービスへ
—まずはお二人の自己紹介からお願いします。
眞壁雅彦さん(以下、眞壁):CloudBrains代表の眞壁です。当社は2019年7月に創業し、業務委託管理クラウド「Lansmart(ランスマート)」を2021年9月にローンチしました。2025年4月にSmartHRへ100%子会社としてジョインし、今はグループの一員として事業を進めています。
長谷山京佑さん(以下、長谷山):SmartHRコーポレート戦略本部の長谷山です。M&A戦略の検討からExecution、ジョイン後のPMI(Post Merger Integration:M&A実施後の統合プロセス)、さらに会社全体の中長期戦略まで担当しています。眞壁さんとは約1年前に初めてお会いし、そこから何度も対話を重ねてきました。今回のジョインは、SmartHRが次の成長カーブに向かううえで重要な一手だと捉えています。
—改めてM&Aの背景、経緯について聞かせてください。
眞壁:ちょうど1年前に、SmartHRへ協業の可能性を相談したことが始まりでした。海外では、労務管理やタレントマネジメントを扱う人的資本マネジメントサービスが、外部人材管理SaaSスタートアップとのM&Aを行い、トータルワークフォースマネジメントのサービスとして成長する事例が数多く生まれています。これを日本でも実現しませんかとお話ししました。
一方で当時、当社が置かれた状況として「プロダクトで勝っても、知名度で勝てない」という課題がありました。Lansmartというプロダクトの思想や機能には自信がありますが、機能を深く知っていただく前に「聞いたことがある」「導入実績ナンバーワン」など、ブランドで選ばれるケースが多く、単独成長の障壁を感じました。
そこで経営判断として、私たちが磨いてきたLansmartというプロダクトに「届ける力と信頼」を付加して事業を成長させていく最短で合理的な手段として、M&Aという選択をしました。

長谷山:「SmartHR」は現在正社員やパート・アルバイトといった直雇用の従業員に向けたプロダクトなので、さらに業務委託管理の機能も拡充していくことには可能性を感じましたね。働き方の多様化が進む中、業務委託やフリーランスなどさまざまな働き方の方を対象としたサービス提供は社会的にも求められています。SmartHRの「well-working 労働にまつわる社会課題をなくし、誰もがその人らしく働ける社会をつくる。」というミッションへの適合性も感じました。
そして投資検討を行うプロセスで、2024年のフリーランス新法施行が追い風となっている市場環境や、海外でのM&A事例も確認し、長い目で見ても意義のある投資アクションになるなと。

眞壁:私から見ると、2回目の面談で行ったプロダクトデモの反応がとても良くて、一気に温度感が上がった感触がありました。長谷山さんから見てどうでしたか。
長谷山:プロダクトデモで温度感が上がったというのはその通りです。当社のプロダクトマネージャーや事業責任者も参加したのですが、「プロダクト、めちゃくちゃいい!」と感嘆の声が挙がりました。仕様も深く考えられているし、UI/UXも直感的にクオリティ高く磨かれている。当社はプロダクトづくりの会社として、高い品質水準を追求しています。Lansmartはデモで拝見しただけでも高品質なプロダクトだとわかりましたから、私たちとしてもテンションが上がりました。
眞壁:同じ思いが今確認できて、良かったです。CloudBrainsもプロダクトづくりにはとことんこだわっています。プロダクトオリエンテッドな事業を展開しているSmartHRからこれまで作り込んできたプロダクトへ高い評価をしもらえたことは自信にもなりましたし、現場の方の反応に、ものづくりに対するカルチャーフィットを感じることができ、その後も安心してM&Aを進めることができました。
M&A後の変化—事業成長の加速と人材の循環
—CloudBrainsがSmartHRグループにジョインしてから8か月が経ちましたが、事業運営や組織体制、社員の意識など、どのような変化がありましたか。
眞壁:今回のM&Aでは、CloudBrainsを残したまま100%子会社の体制をとっています。法人格としては別なのですが、非常に密に連携して業務にあたることができています。
たとえばマーケティングチームのメンバーからは、日々資料や施策などのさまざまな提案をもらいます。コーポレートに関しても月次の経費処理など、私が行っていたものをすべて引き取ってもらって、その分私は事業に集中できる時間が増えました。CloudBrainsはまだまだ小さい会社ですが、グループジョインして一気に数十名規模のチームとして動けるようになった感覚です。
また、SmartHRのブランド、そしてここまで急成長を続けてきた中で培ってきたノウハウを得られたことは非常に大きな変化をもたらしました。「勝ち筋を知っている」というのでしょうか。マーケティングやセールスにおける知見を取り入れていくことで、リードや商談獲得数は格段に向上しました。有効リード数は約10倍、商談獲得数は約6倍。単月ではなく恒常的に高水準を維持できていて、グループイン前に私たちが想定していた期待を大きく超えています。
市場もぐっと広がりましたし、事業成長するうえでのレバーというか、選択肢が圧倒的に増えました。
長谷山:SmartHR側としては、初めて100%子会社化となったCloudBrainsさんとのM&Aを通じて、PMIの型をある程度確立したい意図がありました。バックオフィスの支援などコーポレートの支援と事業成長の支援を、会社同士でどう取り組んでより良い成長に結びつけていくのか、その型をつくりたいなと。
眞壁さんとオープンにディスカッションできて同じ目線で進めていけるのは、私たちにとっても非常にありがたい“初めてのケース”です。続くM&A案件でも、CloudBrainsとの取り組みから得た学びが生かされています。
眞壁:そう言っていただけると、私たちも嬉しいですね。

長谷山:それからもう一点、グループ間の出向によってメンバーのキャリアの多様化が図れるようになったことも、M&Aによるプラスの変化です。
SmartHRは社員1,500名規模と企業体としても大きくなりましたが、より小規模な組織で挑戦したいというメンバーもいます。そのようなときに、CloudBrainsさんへの出向という形でチャレンジできる選択肢が増えました。会社としても二社間の人材の行き来は活性化したいと考えていましたし、実際に手を挙げてくれたメンバーもいました。すでに2名のセールスメンバーがCloudBrainsに出向していて、さらに新たな出向も決まっています。
眞壁:SmartHRグループの人材循環は今後もっと活性化していきたいですね。当社はCEOとCTOしかいませんから、CxOポジションはまだ多くの余白があります。カルチャーフィットは申し分ないですし、その中で経営サイドや事業責任者のポジションを経験できる機会は貴重なのではないでしょうか。
長谷山:SmartHRも経営と現場が完全に乖離するほどの規模ではありませんが、どうしてもアーリーステージの会社とは違いがあります。経営と膝を突き合わせて仕事をした経験があるメンバーが増えていくのは、グループ全体の力を高めていく上でも大きな意義があります。
眞壁:私自身も新卒で入った会社では、創業者と非常に近い距離で働かせてもらいました。学びは多かったですし、その経験が今の私をつくっています。私はまだまだ未熟ですけれど、一緒に働く人に面白さや刺激を与える存在になれたらいいなと思います。
両社の連携体制—「シナジー」ではなく「バリューアップ」を目指す
—SmartHRとCloudBrains両社の連携について、現在そして今後の展開について聞かせてください。
長谷山:現在、SmartHRのプロダクトとLansmartを統合する取り組みは行っていません。これはSmartHRグループにおけるPMIの中でも重要な判断です。
私たちは、M&A先のプロダクトを即、SmartHRのプロダクトと密に統合することを必ずしも良しとしません。SmartHRは規模の大きなプロダクトですから、そこに合わせていくことをまず考えようとすると、振り回されて成長が阻害される要因になりかねません。まずはCloudBrainsそしてLansmartというプロダクトがしっかり成長軌道に乗り、市場で確固たる存在感を示していくことを目指します。その上で、プロダクト間のシームレスな連携に取り組んでいきたいと考えています。

眞壁:私もグループイン時に考えていたことは同じです。最初のミーティングでこれから取り組むこととして、売上インパクトと実現までに要する時間を2軸にした4象限の中で、まずは「インパクトが大きく、早期に効果が出る施策」に集中しましょうと提案しました。両プロダクトの統合はここには入りません。まずは「Lansmart by SmartHR」とネーミング・ロゴを変えてブランドを強調しました。これだけでもかなりの効果が表れて、やはりこのスタートは正しい選択だったと感じています。
長谷山:連携というところでは「シナジー」という言葉がよく使われますが、私は「バリューアップ」という言葉を好んで使っています。M&Aを行うA社と受けるB社が、互いに何かを拠出しあって新しいことに取り組むのがシナジーだと捉えられがちですが、これをいきなり成功させるのは難易度が高すぎる。
両社がリソースを出し合って何か新しい事業をゼロから立ち上げようとするよりも、まずは資金・ノウハウ・人材などを提供して既存事業の「バリューアップ」に集中する方が、相対的にリスクは低いと考えています。「シナジー」という言葉は、両社で何か新しいものを生み出さなくてはというニュアンスをはらんでいるように感じるので、意識的に「バリューアップ」という言葉を使っています。まずはバリューアップの取り組みを積極的に行い、B社の業績をどんどん磨いていって、その先にじっくりシナジーをつくっていく順番のほうが良い結果を生むと思います。
眞壁:おっしゃる通りです。私のイメージでは、シナジーは“パズルのピースが最後にぴたりとはまる瞬間”に起こるものだと思っています。M&Aのスタート地点では、それぞれのパズルのピース自体が、まだ遠いところにあるんです。事業の方向性は共有しているものの、ピースががっちりはまるには、まだ解像度が低い状態です。
長谷山さんが言うバリューアップは、互いの手元でピースをはめていくプロセスにあたると思います。適切な位置にピースをどんどんはめていけば、一つの絵が浮かび上がってきて、遠かったそれぞれの距離も近づいてきます。そうやってつくりあげた二つのパートを、最後のピースで接続する。これがシナジーの本質ではないかと思います。

眞壁:今、「Lansmart by SmartHR」はまだ単体のプロダクトですが、機能拡張などを経て、SmartHRプロダクトとの距離は少しずつ近づいてきている感覚があります。バリューアップを継続した先に、ピースがかっちり合ってシナジーが創出されるフェーズが訪れるのだと捉えています。
スモールスタートアップの事業成長戦略としてのM&A
—SmartHRは今後もアーリーステージ、ミドルステージのスタートアップも含めたM&Aを積極的に進めていく方針です。スタートアップがM&Aを受けることによって広がる可能性について、考えを聞かせてください。
眞壁:近年の市場環境下においては、スモールスタートアップが単体でグロースし続けることの戦略的な難易度が年々高まっています。
2010年代に上場したSaaS各社が豊富な資金力をもとに、マルチプロダクト展開やM&Aを積極的に進めている中、2020年代に創業したスタートアップは、広いネットワークやリソースをいかに早く獲得できるかが重要な論点になっています。
そうした環境の中で、私たちは単独で戦うことにこだわるのではなく、志の近いグループと共にスケールする道を選ぶことで、より早く・より広く価値を届けられると判断しました。
長谷山:良いプロダクトであれば伸びる可能性はもちろんあるのですが、なにせ競争が激しいですから、プロダクトが良いというだけで勝てるマーケットではないんですよね。しっかり大きく調達して、マーケティングとセールスを強化して、効率よく売っていく販売網を構築してかないとグロースしきれない。
IPOを目指すにしても、SaaSについては今、IPOのマーケットでの評価は非常に冷静な水準になっています。かつてはARR10億、20億でもIPOすることはままありましたが、その後の時価総額が長期低迷してしまうことも現実として起きています。東証ではグロース市場の上場維持基準が2030年以降は上場から5年経過後、時価総額100億円以上に厳格化されるという「100億円の壁」も立ちはだかります。
眞壁:単体での成長を目指す選択も、もちろん尊重されるべきだと思います。一方で、競争の激しい市場環境において、信頼できる大きな企業と組み、自社のプロダクトをより早く、より広く届けていくという判断は、合理的かつ前向きな選択だと考えています。
良いプロダクトをつくり、お客さまにも支持をいただいているにもかかわらず、資金面や組織体制の制約から思うように展開できないとすれば、それはすごくもったいないことです。日本社会にとっても損失だと思っています。
長谷山:SmartHRは、今の規模までグロースさせてきたノウハウと顧客基盤があります。良いプロダクトを持っているけれどファイナンスやディストリビューションに課題のあるスタートアップは、当社グループにジョインすることで得ていただけるものは大きいのではないかと自負しています。

SmartHR × CloudBrainsが目指す次のステップ
—最後に、今後の展望についても聞かせてください。
長谷山:CloudBrainsがジョインして8ヶ月、Lansmartの売上の伸びは好調ですが、まだ始まったばかりです。まずは来年、2026年の1年でしっかり安定的な成長軌道に乗せるところをやりきっていきたいと思います。
またSmartHRとしては、今後も連続的にM&Aを実行していきます。眞壁さんには「SmartHRにジョインして良かった」という広告塔になってほしいです(笑)。
眞壁:ぜひぜひ、私にできることならなんでも(笑)。守秘義務などもありますが、お話しできることはありますので、SmartHRのM&Aに興味を持った方はぜひ声をかけていただければ嬉しいです。
長谷山:将来的な話としては、グループジョインした経営者同士でも交流できるようになると、面白い連携も生まれてくるのではないかと思いますので、そういった環境もつくっていきたいと考えています。
眞壁:SmartHRにジョインしたことで、業務委託管理SaaSの普及や、そこから派生するビジネスアイデアの実現可能性は格段に高まりました。さらに、その実現に向けたスピードも加速しています。この最高の環境のもと、目標達成に向けてギアを一段と上げ、全力で取り組んでいきたいと思います。
編集・写真/@okie





