こんにちは。SmartHR CEO の芹澤(@masato_serizawa)です。
SmartHRという会社では、働くすべての人の生産性向上を支援するクラウドサービスを開発・提供しています。いわゆるDigital Transformation(以下、DX)といわれる領域です。
さて、この領域で効率化や自動化が推進されるとき、決まり文句のように言われる言葉があります。
それは「空いた時間でより生産的な作業を〜」とか「空いた時間で人間にしかできない作業を〜」というフレーズです。これは、「煩雑で単調な作業を機械にやらせて、人間はより生産的・創造的な作業をしてハッピーになりましょう」というロジックの上に成り立っていると考えられ、一見すると正しそうに思えます。
ただ、冷静に考えると、より生産的な作業や人間にしかできない作業とはなんなのか、そして、それが人間の幸福につながるのかは、あまり具体的に論じられないように思います。ここが一番大事なところなのに、です。
というわけで今回は、効率化や自動化を筆頭とするテクノロジーの発展の先に人間の幸福はあるのかについて、僕自身がエンジニアとして、そしてテックカンパニーのCEOとして、世の中のDXと向き合ってきた経験から考察してみます。
テクノロジーが持つ悲観的側面
わざわざ書くまでもなく、テクノロジーの発展によって僕たちの生活はより良いものになりました。昔より遥かに安全で、便利で、効率的な生活を送れている、これは疑いようのないことでしょう。
一方、どんなことにも良い面と悪い面があります。テクノロジーはその性質上、楽観的側面が語られることが多いですが、未来を考える上で、悲観的側面も含めて分析・評価することは必須です。ソフトウェア領域でのテクノロジーの発展に関していうと、以下のような悲観的側面が挙げられます。
悲観的側面①|人の仕事を減らさず、むしろ増やす
前提として、資本主義社会は自由競争を基盤として利潤を追求する経済システムであり、僕たちはこの仕組みの中で生活しています。
例えば、資本主義社会において、5日かかっていた作業が効率化・自動化されて2日で終わるようになるとどうなるのか。「よし、余った3日は休もう」となるでしょうか。
残念ながらそうはなりません。作業時間が短縮されると、競争で勝つために、空いた時間でより多くの仕事をこなすことが求められてしまうのです。むしろ、より濃密な仕事を多くこなすようになるため、人の仕事量はどんどん増えていくことになります。
これは情報伝達手段を考えてみるとわかりやすいです。かつては手紙でゆっくりやりとりしていたものが、電話やEメールとなり、今ではチャット等のメッセージングに切り替わりました。この変化に際して、手紙時代のペースがキープされることはなく、「大体のメッセージは送ればすぐに返ってくるもの」という前提の元に業務が再構築され、以前より膨大な量の情報が流通・処理されるようになっているはずです。通知や未読に追われる「チャット疲れ」という現象はこのメカニズムのもとに発生します。
悲観的側面②|人の仕事を高度化し、格差を広げる
テクノロジーの発展による作業の効率化・自動化は、基本的には人間の仕事を「より高度な知的労働」に置き換えていきます。単調で簡単な作業からテクノロジーに代替されていくので、人間には複雑で難易度の高い作業が残っていくわけです。作業自体の複雑性が増すと、連動して、プロジェクト進行管理やピープルマネジメントの難易度も増します。つまり、仕事は全体的にどんどんと難しくなっていくのです。困ったものですね。
近年、会社の管理部門(バックオフィス部門)では「戦略〇〇」と言われることが増えてきました。例えば、戦略人事とか、戦略総務とか、そういう感じです。これは、定型業務を主体とした「守り」の役割がDXの進展により見直され、会社の競争力を高めるような複雑で難易度の高い動きを求められるようになってきたことを意味します。
つまり、「空いた時間でより生産的な作業を〜」というのは、空いた時間で「人間にしかできないこと」ができる強者の論理ということになります。
なぜなら、複雑で難易度の高い作業をこなすには、専門的な知識や能力が求められます。そして、それを身につけるには、ハイレベルな教育が求められます。つまり、テクノロジーの発展によって仕事が高度化していくと、高いレベルの教育を受けたり自ら高い専門性を身につけた人が、高い給料のもとに高度な仕事を遂行するようになります。
逆にいうと、高い専門性を持たない知的労働者はテクノロジーに代替され、収入や立場の格差が広がっていきます。これは資本主義社会において「富める者がより富んでいく」要因のひとつです。
効率化・自動化によって、仕事を失ったり代替されると言われて久しいですが、これはつまり「格差が広がる」ということを意味しているのです。
AI時代に格差はさらに広がっていく
効率化・自動化の文脈で、ここ最近ホットなのは間違いなくAIです。これ抜きには語れないでしょう。
AIは、まずは手始めに僕たちの作業の「部分の効率化」をして、その後に、AI利用を前提とした「全体の再構築」をしていきます。おそらくこれは不可避なルートであり、結果として、僕たちは多くの煩雑なルーティン作業から解放されると思います。
一見素晴らしいことのように聞こえますが、前述の通り、同時に人の仕事を高度化して格差を広げていくことを加速することも意味します。そして、高度な教育を受けたメンバーを雇い、AIを使ってより多くの高度の仕事をこなせる会社が成長し、そうじゃない会社が衰退していくようになるのです。
AIは人類がこれまで経験してきたテクノロジーの発展を凌駕する効率化・自動化を実現し、これまで以上に格差を広げていく可能性を持っています。
物事には必ず表と裏があります。単調な作業から解放されてより効率的に働けるという楽観的側面の裏には、このような悲観的側面があるということを決して忘れてはいけません。
人間にしかできないこと
「AIが何をどこまでできるようになるか」という議論はとても難しく、この投稿では到底扱えません。
ただ、よく言われる「問う」ということがまだしばらく代替されない人間の価値になるのは確かだと思います。
チャットでAIに問いかけると、AIはまるで全ての答えを知っているかのように振る舞いますが、現時点の技術では、AIは自らが出力したアウトプットの意味を理解していなく、妥当性の高い判定結果を紡いでいるだけであり、「Why」や「What」といった根源的な問いは立てられません。
人間は現時点でのAIが処理できるより遥かに多くのコンテキスト(背景)やメタファー(比喩)を能動的に学習・理解していて、AIにはできない根源的な問いを投げかけることができるのです。
つまり、これからの僕たちが問うべきは、「いかに効率化するか」ではなく、「何を、なぜ創造したいのか?」という、より本質的な問いなのではないでしょうか。
これこそが、効率化・自動化の先にある「より生産的な、人間にしかできない仕事」であると僕は考えます。
テクノロジーと共存し、AI時代を楽しむ生き方
テクノロジーの発展がこれまで人類の生き方・働き方を変えてきたことは間違いないですし、これからもこの流れは続いていくでしょう。
5年後、10年後には、今私たちがやっているような作業が「かつては人間がチマチマとやっていたらしい」と驚かれる時代がくるはずですし、テックカンパニーのCEOとしてはそのような時代を作っていくことに使命感を覚えます。
しかし、僕たちがテクノロジーの発展を通して本当に手に入れたいものはなんなのでしょうか。資本主義の名のもとに仕事を高度化し、競争を激化していくことをしたいわけではありません。
僕たちが本当に手にいれたいのはwell-being、WHOが定義するところの「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態」であるはずです。
効率化や自動化を目的化され、それを追い求めた結果、well-beingが阻害される状況になっていたら本末転倒です。前述の「チャット疲れ」や、最近登場した「AI疲れ」のような単語を聞くと、この悪いシナリオに進んでいないかが心配になります。
僕はSmartHRという会社を経営する中で、常に「この効率化の先に、僕たちは本当に幸せになれるのだろうか?」と自問自答しています。ここまで論じておいてなんですが、残念ながらその答えはまだ見つかっていませんし、「こういう生きることが幸せである」と解を出そうとすること自体が知的傲慢なのではないかとも思ってしまいます。
ただ、間違いなく言えるのは「問う」ということの重要性が増すということであり、それがAI時代を楽しむためのヒントであるということです。
AI技術についてはまだまだ「How: どう使うか」が語られることが多いですが、僕はやはり「Why: 何のために」「What: 何を創るのか」という問いを促すことを意識していきたいです。というか、AIをどれだけ駆使しようが、「Why: 何のために」「What: 何を創るのか」が誤っていたら、何の意味もないのです。
SmartHRのコーポレートミッションは「well-working. 労働にまつわる社会課題をなくし、 誰もがその人らしく働ける社会をつくる」です。
何を創れば世の中は well-working になるのか。技術革新を目的とせず、この問いを忘れずに繰り返していこうと思います。
Appendix
月に1〜2回のペースでこのコーナーを更新していく予定です。今のところ順調です! 引き続き僕のX(@masato_serizawa)で更新情報を流していきますので、ぜひフォローしていただけると嬉しいです!





