こんにちは。SmartHR CEO の芹澤(@masato_serizawa)です。
皆さんは「理想のリーダー」と聞いた時にどんな人をイメージしますか?
「先頭に立ってメンバーを引っ張る」「方向性を示す」「メンバーを支える」などの特性が浮かんだ人が多いのではないかと思いますが、一方で、そのキャラクターについては皆さんの経験からくる多様なものがイメージされたのではないでしょうか。
実際、マネジメントと比べるとリーダーシップには型がなく、体現が難しかったり、再現性が作りにくいと言われています。一方、最近僕が出会った優れたリーダーを見ていると、従来とは違った新たなリーダー像ともいえる1つの共通点があることに気がつきました。
一筋縄ではいかないビジョニングとストーリーテリング
リーダーシップの発揮の仕方は多様で再現性が少ないとはいえ、リーダーのやるべきことについては、「ビジョンを示す」「ストーリーを語る」といったことが多くの本に書かれています。
僕の経験からも、これは間違いないと思います。
ただ、とにかくストーリーを語ればいい、というわけでもありません。
壮大なビジョンを構築し、緻密で戦略的なストーリーを語っていても、リーダーシップを発揮できていない人は多くいます。
一方で、ビジョンやストーリーが精巧ではなくても、不器用ながらに自分の想いを語り、高いリーダーシップを発揮する人もいます。
僕はむしろ、近年のビジネスシーンにおいては後者のタイプのリーダーの活躍が目立ってきていて、これこそがこれからの時代に必要な「新しいリーダー像」なんじゃないかと思っています。ここについて掘り下げていきます。
権威性リーダーシップの衰退
前提として、リーダーシップの発揮の仕方は時代によって変わります。従来は立場(役職)で人を動かす権威性リーダーシップが有効でしたが、現代では以下の3つの理由からほぼ通用しなくなっていると考えています。
理由の1つ目は価値観の多様化です。
上位下達型の組織が減り、各メンバーの多様性が尊重されるフラットでボトムアップの組織が増えました。この結果、リーダーからの一方的なメッセージや指示だけで人やチームを動かすことが難しくなったと考えています。
2つ目は不確実性の向上です。
プロジェクトを取り巻く社内外の環境が短期間に大きく変わる現代では、一貫性のあるビジョンやメッセージを出すのは非常に難しい。ビジョンを作り込みすぎると、逆に変化への対応力が乏しいというデメリットも抱えることから、メンバーの納得感を得られないことすらあります。
3つ目は、AIの登場です。
知的労働の高度化が進む中で、解くべき課題は日に日に複雑化しています。複雑化する社会で一人のリーダーの卓越した専門スキルだけで解決できることはそう多くありません。また、情報社会の発展により「専門的な情報を持っている」ということの優位性も減り続けています。
そして、これらの変化の中で多くのリーダーが陥ってしまうのが「難しい状況だからこそ、自分が完璧なリーダーにならねば」という焦りです。
例えば
一人で完璧な計画を立てようとする
計画通りにメンバーに動いてもらうよう細かく指示を組み立てる
自ら判断するために情報を中央集権的に管理しようとする
といった行動をしてしまっていないでしょうか。
権威性リーダーシップが通用しなくなる中でこれらの行動をとることは、逆に求心力を失う結果に繋がりかねません。
今、チームを団結させるのはリーダーの「推され力」
前置きが長くなりましたが、今の時代に必要なリーダーシップは「完璧」でも「権威性」でもなく「推され力」だと考えています。
僕が最近出会った優れたリーダーには、自らの葛藤や失敗といった人間的な弱さと、そこからの学びを見せる姿勢が含まれるという共通の特徴があります。
不確実性・曖昧性の高い時代においてリーダーがやるべきことは、自身の経験や価値観、感情、さらには弱みまでを織り交ぜて自分の言葉で語り、同じ人間として対話することであり、「この人が言うならついていける」や「この人のためなら頑張れる」という状態を作ることです。
今と昔のリーダー像の違いをひとことで言うと、指示・管理の時代から、対話・共感の時代へとシフトしているということだと考えています。
「うまくいくかわからないけど、それでもやってみよう」とメンバーを奮い立たせ、協力関係を作り上げるのは、磨き上げられた指示・管理体制ではなく、リーダーへの共感です。
多様な価値観を持つメンバーも、リーダーの個人的なストーリーやビジョンへの共感を元に、個々の違いを超えて感情的に繋がっていくのです。
リーダーの完璧でない一面を知ることで、メンバーはリーダーを「手の届かない存在」ではなく、「自分と同じ人間」として認識し、自分もストーリーの登場人物として役割を果たして「応援したい」という感情を持てます。
さて、これは世にいう「推し活」と非常に似た構造です。
少し話がそれますが、朝井リョウ氏の小説『イン・ザ・メガチャーチ』では、推し活は対象そのものではなく、その人物を取り巻く物語を応援し、そして、自らも一員として物語を紡ぐことに熱狂する活動として描かれています。
久保(川合)南海子氏の『「推し」の科学』では、対象を応援する行為によって、さらに対象のことを好きになる、という効果も実証されているそうです。
ユヴァル・ノア・ハラリ氏は「サピエンス全史」で、人類が他の動物に見られる群の限界数を超えて連帯できているのは、「共通のものを信じる力」を持っているからであると説いています。
仕事であってもこれらの概念は有効だと思っています。
「推され力」は人間にしか発揮できない価値である
以前このブログで「AIが十分に発達すると、人間に残される価値は問うこと」だと書きました。これは、課題解決の文脈だとそうだと言えます。
一方、リーダーシップの文脈では、もうひとつの人間に残される価値として「推されること」があるんじゃないかと最近は考えています。
やるべきことの妥当性は誰でも見つけられるようになっていきますが、そこに「熱狂」するためのコンテキストづくりやコミュニケーションは人間にしかできないからです。
さて、本当であればこのまま「どうしたら推され力を養えるのか」というところまで書きたかったのですが、一旦今回はここまでにします。
もし需要がありそうなら僕の周りにいる「周囲から推されている人」や「誰かを推している人」にヒアリングや調査をしてみて、「推され力」の正体を解明し、続編として書いてみようかなと考えています。
興味ある人はぜひこの記事をシェアしてくれるとありがたいです。
Appendix
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